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【アラベスク】  第11章 彼岸の空



第2節 夕闇の十字路 [24]




 無言のまま呆気に取られたような美鶴。ツバサは自分の唇が乾くのを感じた。潤すようにカップを取って、また一口を啜る。
「シロちゃんとさ、会うのって、嫌?」
「え?」
「例えばさ、シロちゃんが会いたいって言ったら、美鶴は会う?」
「ちょっと、なんでいきなり里奈が出てくるのよ?」
 今は聡と瑠駆真の話をしていたはずだ。いきなり話題を変えられても困る。
 そんな美鶴にツバサは小さく息を吐き、続いて意を決したように息を吸った。
「今日さ、シロちゃんに頼まれたんだ」
「何を?」
「美鶴の住んでる場所、探して欲しいって」
 本当はコウに頼まれたんだけど。
「この近所のはずだからって。美鶴に聞いてきて欲しいって。住んでる所。住所」
「私の?」
 眉を潜める美鶴を、ツバサはようやく真正面から向かい合う。
「シロちゃんさ、美鶴に逢いたいんだよ」
 美鶴は答えられない。
「美鶴はさ、シロちゃんと会うの嫌?」
 嫌か?
 問われても、美鶴にはわからない。
 そう、わからない。会いたいのか、それとも会いたくないのか。
 ただ、澤村(さわむら)優輝(ゆうき)の件で思わぬ再会を果たした後は、もう会う必要もない過去の人間だと、自分には言い聞かせてきた。
「会う必要がない」
 自分に言い聞かせてきた言葉を、美鶴はそのまま口にした。
「必要がないんだから、別に会わない」
「シロちゃんが会いたいって言っても?」
「必要がないでしょ?」
「必要が無ければ、会わない?」
「会わない」
「会いたくないの?」
 美鶴が口を閉じる。
 会いたくないのか?
 答えられない美鶴へ向かって、ツバサは少し乗り出す。机に両手を乗せて体重をかけたら、少しだけ揺れた。二つのカフェオレが小さく波を打つ。
「シロちゃんはさ、会いたいんだよ」
 店内を流れる音楽が途切れた。混みあう店内に静寂はない。だが美鶴には一瞬、店の中が、いや世界中のすべての音が消えてしまったかのような錯覚を感じた。
 里奈は、自分に会いたがっている。
「金本くんだってさ、山脇くんだって、美鶴の謹慎解こうって頑張ってるんだよ」
 ゆっくりと、世界の音が戻ってくる。
「みんな、頑張ってるんだ」
 音を取り戻す世界の中で、なぜだかツバサの声が泣きそうに聞こえて、美鶴は上目使いで相手を見た。
 ツバサは、泣いてはいなかった。むしろ力強くこちらを睨んでいるように見える。
「美鶴もさ、少しは自分の気持ちを出してみなよ」
 乗り出していた身を引っ込め、椅子に深く腰掛ける。
「中学ん時の事がショックなのはわかるよ。私がわかったような事を言うのは生意気なのかもしれないけどさ」
 当たり前だ。私の気持ちなど誰にわかると言うのか。
 心内で毒づきながら、だが美鶴はそれを口にすることはしない。
 だいたい、なぜツバサは突然そのような事を言うのだ。なぜ突然お茶をしようなどと誘い、なぜ瑠駆真や聡の名前を出し、なぜ里奈が会いたがっていると告げるのだろうか?
 わからないことだらけで、腹が立つ。ただでさえ混乱しているというのに。謹慎の事。母の事。霞流の事。
 不愉快そうに無言で視線を落す美鶴に、ツバサも口を閉じた。
 私、何を言ってるんだろう? 自分はいったい美鶴に何が言いたいのだろう?
 ツバサ自身、実はよくわからない。ただ、何を言ってもそっけない態度しか返してこない美鶴の態度が、納得できなかった。
 昔の自分とよく似ている。認めたくない。
 そう、ツバサは、美鶴の態度を認めたくはなかった。







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